
Argus Safetyは、医薬品の安全性情報をICHガイドラインに則って効率的に管理・報告する高機能なPVシステムですが、その全機能を再現するには高コストと高度な技術が必要であり、すべての企業がこのようなハイスペックはシステムを導入できるわけではありません。一方、基本機能(ICSR管理、E2B報告、PSUR作成など)に限定した簡易版のシステムは、オープンソースや既存の廉価なSaaSを活用することで、中小企業でも捻出可能な範囲内のコストで実現可能であり、PMDA報告や薬機法上の要件に適合させることも技術的には十分可能です。
1. Argus Safetyとは何か
Argus Safetyは、Oracle社が提供する医薬品および医療機器に関する安全性情報(PV:Pharmacovigilance)の収集・評価・報告を行うための統合プラットフォームです。以下のような便利な機能を備えています。
- 個別症例安全報告(ICSR)の管理:ICH E2B(R3)準拠の報告フォーマットで、PMDA、EMA、FDAなど世界各国の当局への電子報告が可能。
- 症例入力とデータ検証:重複チェック、データ完全性の確認。
- ワークフロー自動化:ケースの割り当て、レビュー、QC、承認プロセスをトラッキング。
- レポート作成機能:CIOMS I、MedWatch、RMP(リスク管理計画)報告、PSUR等。
- MedDRAおよびWHODrugの統合:標準化された辞書で一貫性あるコーディング。
- 監査証跡、21 CFR Part 11準拠:電子記録・電子署名の法規制対応。
- マルチテナント対応:CRO(受託研究機関)やパートナー企業の共同利用が可能。

2. 同機能を持つ簡易版安全システムのニーズと課題
ニーズの背景
- 中小企業やベンチャー企業のコスト圧縮:Argusなどの高級システムには必要な機能が盛り込まれていますが、年間数百万から数千万円以上かかるライセンス・メンテナンス費用を負担し、維持するのは、コスト的に困難です。
- 最小限の機能でのグローバル対応:PMDA、国際市場に展開している場合はFDA、EMA、PMDAへの報告に対応するICSR準拠が必要となります。
実現するための要件
簡易版を実現するには、少なくとも以下のような要件を満たす必要があります。
- ICSR報告に必要な最低限のデータ項目(ICH E2B準拠)を扱えるデータベース構造。
- MedDRAおよびWHODrugのライセンス連携。
- PMDA電子報告(GVP第3条等)対応のXML出力とe-Gov規格対応。
- 21 CFR Part 11準拠の監査証跡と電子署名機能。
- セキュリティ、バックアップ、アクセス制御(GxP対応)。
3. 低コスト代替システム開発の現実性

3-1. 開発技術の選定
以下は一例ですが、コストを抑えるのに効果的かもしれません。
- プラットフォーム:AWSやMicrosoft Azureを用いたクラウドベースで、インフラコストを抑える。
- 開発フレームワーク:Python (Django)、Java (Spring Boot)、PostgreSQL/MySQL。
- 標準規格のオープンソース活用:HL7、MedDRAのAPI接続。
3-2. 実例:非公開の小規模製薬企業が開発した事例
ある日本の中小製薬会社は、CRO支援を受けつつ、Argus互換機能を持つ社内用Lite PVシステムをAWS上で開発しました。外部業者による開発費用は約2,000万円、維持費は年間300万円程度で、機能は以下に限定することにしました。
- ICSR入力とE2B(R2) XML出力
- 自社内レビューと承認ワークフロー
- PMDAへのCD送付用データ出力

FDA/EMA電子送信は外注することでコスト削減。MedDRA・WHODrugのライセンス料は別途必要でとなりました。
4. 法規制の観点からの留意点
4-1. ICHガイドラインへの準拠
E2E(Pharmacovigilance Planning)ガイドラインでは、承認後においても安全性評価の継続が必須とされています。報告形式、タイムライン、内容においてはE2B(R2/R3)に従う必要がありますので、十分注意が必要です。
4-2. 日本の法令対応(薬機法)
- GVP省令第6条に基づく安全管理業務の文書化とプロセス保証が必要です。
- PMDA向け電子データ提出ガイドラインに従う必要もあります(2023年からXML報告義務化されました)。

5. 結論と今後の展望
まず技術的・理論的には、Argusのような安全システム簡易版の開発は、以下の条件を満たせば十分に実現可能です。
- ICSRの最低限項目にフォーカス
- セキュリティとトレーサビリティ確保
- 当局要件を理解した上での段階的機能構築
- 非中核業務(レポート送信など)をCROに外注
メガファーマと呼ばれるような大手製薬会社やグローバル企業ではなくバイオベンチャーや中小企業であっても、このようなシステムを合理的なコストで利用することが可能です。それにより、属人化していたノウハウが機会に委ねられ、貴重なリソースをほかのテスクに集中させることができるようになります。
参考文献
- ICH (2004). Pharmacovigilance Planning E2E. ICH Harmonised Tripartite Guideline.
- ICH (2001). Clinical Safety Data Management: Data Elements for Transmission of Individual Case Safety Reports E2B(R2).
- ICH (2000). Maintenance of the ICH Guideline on Clinical Safety Data Management: E2B(M).
- 厚生労働省. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000145
- 日本製薬工業協会(JPMA). 安全性情報管理システム開発実例集(社内資料)